東京地方裁判所 平成8年(ワ)11452号 判決
原告 東京貿易株式会社
右代表者代表取締役 町田弘
右訴訟代理人弁護士 山田有宏
同 丸山俊子
同 松本修
同 堀合美賀
被告 西南石油ガス株式会社
右代表者代表取締役 西尾俊一
右訴訟代理人弁護士 鬼丸義生
主文
一 被告は、原告に対し、金一億三七六二万六七三五円及びこれに対する平成六年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、五億二〇〇〇万一〇〇六円及び内金二億九三七二万五六九六円に対する平成六年七月一日から、内金二億二六二七万五三一〇円に対する同月三〇日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、合計一三回にわたって石油製品を売り渡したとして、売買契約に基づき、代金合計六億三七八九万四六五二円のうち五億二〇〇〇万一〇〇六円及びうち二億九三七二万五六九六円に対する平成六年七月一日から、うち二億二六二七万五三一〇円に対する同月三〇日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提となる事実(末尾に証拠等を掲げない事実は、当事者間に争いがない。)
1 当事者
原告は貿易業などを目的とする株式会社であり、被告は石油燃料及び高圧ガスの販売などを目的とする株式会社である。
2 売買契約の締結
原告は、被告との間で、次のとおり、合計一三回にわたって、石油製品の売買契約を締結した。(被告は初めこれを全て認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する。なお、原告は、右自白の撤回に異議がある。)
(一) 売買契約日 平成六年四月三〇日付け(以下「本件第一取引」という。)
合計金額 四〇六二万六四三〇円(消費税を含む。)
支払期日 同年六月三〇日
(1) ア 油種及び油量 LSA重油二〇〇・一一四キロリットル
イ 積込日 同年四月二〇日
ウ 積出地 東燃和歌山製油所
エ 船名 第六竹丸
(2) ア 油種及び油量 LSA重油二〇〇・〇八五キロリットル
イ 積込日 同月二七日
ウ 積出地 (1)と同じ
エ 船名 喜福丸
(3) ア 油種及び油量 白灯油一〇〇〇・五二キロリットル
イ 積込日 同月八日
ウ 積出地 日石根岸製油所
エ 船名 せつ丸
(4) ア 油種及び油量 白灯油三〇〇・二八キロリットル
イ 積込日 同月一八日
ウ 積出地 JOMO水島製油所
エ 船名 第一豊栄丸
(二) 売買契約日 平成六年四月三〇日付け(以下「本件第二取引」という。)
合計金額 一億四五八八万三八四八円(消費税を含む。)
支払期日 同年六月三〇日
(1) ア 油種及び油量 A重油五〇〇・二〇一キロリットル
イ 積込日 同年四月四日
ウ 積出地 三菱石油水島製油所
エ 船名 第八伸興丸
(2) ア 油種及び油量 A重油一〇〇〇・三四九キロリットル
イ 積込日 同月七日
ウ 積出地 キグナス川崎製油所
エ 船名 泰邦丸
(3) ア 油種及び油量 A重油九〇〇キロリットル
イ 積込日 同月八日
ウ 積出地 JOMO水島製油所
エ 船名 栄和丸
(4) ア 油種及び油量 A重油一〇〇〇・二二キロリットル
イ 積込日 同月一三日
ウ 積出地 東燃和歌山製油所
エ 船名 第八英和丸
(5) ア 油種及び油量 LSA重油一〇〇〇・二四キロリットル
イ 積込日 同月二七日
ウ 積出地 (4) と同じ
エ 船名 阿蘇山丸
(6) ア 油種及び油量 白灯油五〇〇キロリットル
イ 積込日 同月五日
ウ 積出地 日石根岸製油所
エ 船名 政五郎丸
(7) ア 油種及び油量 白灯油五〇〇・一五八キロリットル
イ 積込日 同月二三日
ウ 積出地 富士石油袖ケ浦製油所
エ 船名 第八黒潮丸
(8) ア 油種及び油量 白灯油五〇〇・二六キロリットル
イ 積込日 同月二四日
ウ 積出地 九州石油大分製油所
エ 船名 第八高砂丸
(9) ア 油種及び油量 白灯油五〇〇・一三八キロリットル
イ 積込日 同月二八日
ウ 積出地 東燃川崎製油所
エ 船名 (7)と同じ
(三) 売買契約日 平成六年四月三〇日付け(以下「本件第三取引」という。)
金額 六三八七万二〇五七円(消費税を含む。)
支払期日 同年六月三〇日
(1) 油種及び油量 白灯油二五〇〇・四七二キロリットル
(2) 積込日 同年四月一三日
(3) 積出地 極東石油工業千葉製油所
(4) 船名 博洋丸
(四) 売買契約日 平成六年四月三〇日付け(以下「本件第四取引」という。)
金額 七二六万三七五二円(消費税を含む。)
支払期日 同年六月三〇日
(1) 油種及び油量 A重油三〇〇・〇九三キロリットル
(2) 積込日 同年四月二〇日
(3) 積出地 三菱石油水島製油所
(4) 船名 第五春日丸
(五) 売買契約日 平成六年四月三〇日付け(以下「本件第五契約」という。)
合計金額 七七九万六九〇五円(消費税を含む。)
支払期日 同年六月三〇日
(1) ア 油種及び油量 CFOLPP一五〇・一九四キロリットル
イ 積込日 同年四月八日
ウ 積出地 コスモ石油坂出製油所
エ 船名 しょうせい丸
(2) ア 油種及び油量 CFOLPP一五〇・一八五キロリットル
イ 積込日 同月一八日
ウ 積出地及び船名は(1)と同じ
(3) ア 油種及び油量 CFOLPP一五〇・二〇五キロリットル
イ 積込日、積出地及び船名は(1)と同じ
(六) 売買契約日 平成六年四月三〇日付け(以下「本件第六取引」という。)
合計金額 九八一万〇四七八円(消費税を含む。)
支払期日 同年六月三〇日
(1) ア 油種及び油量 LSA重油二〇〇・一一四キロリットル
イ 積込日 同年四月二〇日
ウ 積出地 東燃和歌山製油所
エ 船名 第六竹丸
(2) ア 油種及び油量 LSA重油二〇〇・〇八五キロリットル
イ 積込日 同月二七日
ウ 積出地 (1)と同じ
エ 船名 喜福丸
(七) 売買契約日 平成六年五月三一日付け(以下「本件第七取引」という。)
合計金額 八八二五万八三六四円(消費税を含む。)
支払期日 同年七月二九日
(1) ア 油種及び油量 A重油一〇〇〇・〇二五キロリットル
イ 積込日 同年五月九日
ウ 積出地 海南製油所
エ 船名 第八英和丸
(2) ア 油種及び油量 A重油一〇〇〇・一九七キロリットル
イ 積込日 同月一一日
ウ 積出地 東燃川崎製油所
エ 船名 眞光丸
(3) ア 油種及び油量 A重油四〇〇・一二八キロリットル
イ 積込日 同月一八日
ウ 積出地 三菱石油水島製油所
エ 船名 新広雅丸
(4) ア 油種及び油量 A重油三〇〇キロリットル
イ 積込日 同月二五日
ウ 積出地 (3)と同じ
エ 船名 善洋丸
(5) ア 油種及び油量 A重油五〇〇・〇二九キロリットル
イ 積込日 同月二九日
ウ 積出地 九州石油大分製油所
エ 船名 栄新丸
(6) ア 油種及び油量 A重油一〇〇〇キロリットル
イ 積込日 同月三一日
ウ 積出地 東燃和歌山製油所
エ 船名 阿蘇山丸
(八) 売買契約日 平成六年五月三一日付け(以下「本件第八取引」という。)
金額 六〇一三万六三五一円(消費税を含む。)
支払期日 同年七月二九日
(1) 油種及び油量 白灯油二五〇〇・四二キロリットル
(2) 積込日 同年五月二一日
(3) 積出地 極東石油工業千葉製油所
(4) 船名 第二旭栄丸
(九) 売買契約日 平成六年五月三一日付け(以下「本件第九取引」という。)
合計金額 一八四七万二二二六円(消費税を含む。)
支払期日 同年六月三〇日
(1) ア 油種及び油量 A重油二九九・〇一二キロリットル
イ 積込日 同年五月一四日
ウ 積出地 三菱石油水島製油所
エ 船名 第五春日丸
(2) ア 油種及び油量 A重油二九九・〇四六キロリットル
イ 積込日 同月二〇日
ウ 積出地及び船名は(1)と同じ
(3) ア 油種及び油量 A重油二九八・六五二キロリットル
イ 積込日 同月二八日
ウ 積出地及び船名は(1)と同じ
(一〇) 売買契約日 平成六年五月三一日付け(以下「本件第一〇取引」という。)
合計金額 一三三〇万二七三一円(消費税を含む。)
支払期日 同年七月二九日
(1) ア 油種及び油量 CFOLPP一五〇・一九二キロリットル
イ 積込日 同年五月二日
ウ 積出地 コスモ石油坂出製油所
エ 船名 しょうせい丸
(2) ア 油種及び油量 CFOLPP一五〇・二〇五キロリットル
イ 積込日 同月一二日
ウ 積出地及び船名は(1)と同じ
(3) ア 油種及び油量 CFOLPP一五〇・二〇四キロリットル
イ 積込日 同月一五日
ウ 積出地及び船名は(1)と同じ
(4) ア 油種及び油量 CFOLPP一五〇・〇九二キロリットル
イ 積込日 同月一八日
ウ 積出地及び船名は(1)と同じ
(5) ア 油種及び油量 CFOLPP一五〇・一九五キロリットル
イ 積込日 同月二一日
ウ 積出地及び船名は(1)と同じ
(一一) 売買契約日 平成六年五月三一日付け(以下「本件第一一取引」という。)
金額 六九五万三四五一円(消費税を含む。)
支払期日 同年七月二九日
(1) 油種及び油量 LSA重油三〇〇・〇四一キロリットル
(2) 積込日 同年五月一三日
(3) 積出地 東燃和歌山製油所
(4) 船名 第一太陽丸
(一二) 売買契約日 平成六年五月三一日付け(以下「本件第一二取引」という。)
合計金額 七九六七万二〇七六円(消費税を含む。)
支払期日 同年七月二九日
(1) ア 油種及び油量 A重油一〇〇〇・三三七キロリットル
イ 積込日 同年五月六日
ウ 積出地 海南製油所
エ 船名 第八英和丸
(2) ア 油種及び油量 A重油四〇〇・一〇六キロリットル
イ 積込日 同月八日
ウ 積出地 三菱石油水島製油所
エ 船名 第一五徳油丸
(3) ア 油種及び油量 A重油四〇〇・一〇四キロリットル
イ 積込日 同月一二日
ウ 積出地 (2)と同じ
エ 船名 第一太陽丸
(4) ア 油種及び油量 A重油一〇〇〇・一六キロリットル
イ 積込日 同月一四日
ウ 積出地 九州石油大分製油所
エ 船名 和眞丸
(5) ア 油種及び油量 A重油三〇〇・一キロリットル
イ 積込日 同月一九日
ウ 積出地 三菱石油川崎製油所
エ 船名 興和丸
(6) ア 油種及び油量 A重油三〇〇・〇七一キロリットル
イ 積込日 同月二〇日
ウ 積出地 (2)と同じ
エ 船名 あすかわ丸
(7) ア 油種及び油量 A重油四〇〇・一八キロリットル
イ 積込日 同月二八日
ウ 積出地 (4)と同じ
エ 船名 陽宝丸
(一三) 売買契約日 平成六年五月三一日付け(以下「本件第一三取引」という。)
合計金額 九五八四万五九八三円(消費税を含む。)
支払期日 同年七月二九日
(1) ア 油種及び油量 A重油五〇〇・一三キロリットル
イ 積込日 同年五月四日
ウ 積出地 九州石油大分製油所
エ 船名 清昭丸
(2) ア 油種及び油量 A重油五〇〇・〇一キロリットル
イ 積込日 同月一〇日
ウ 積出地 (1)と同じ
エ 船名 栄信丸
(3) ア 油種及び油量 A重油五〇〇・〇五六キロリットル
イ 積込日 同月一一日
ウ 積出地 コスモ石油堺製油所
エ 船名 第五春日丸
(4) ア 油種及び油量 A重油一〇〇〇キロリットル
イ 積込日 同月一三日
ウ 積出地 (1)と同じ
エ 船名 第二八松島丸
(5) ア 油種及び油量 A重油五〇〇キロリットル
イ 積込日 同月一六日
ウ 積出地 日本石油根岸製油所
エ 船名 ちとせ丸
(6) ア 油種及び油量 A重油五〇〇・〇二九キロリットル
イ 積込日 同月二三日
ウ 積出地 (3)と同じ
エ 船名 第六福洋丸
(7) ア 油種及び油量 A重油五〇〇・〇一キロリットル
イ 積込日 同月二六日
ウ 積出地及び船名は(2)と同じ
(8) ア 油種及び油量 A重油五五〇・一キロリットル
イ 積込日 同月二八日
ウ 積出地及び船名は(5)と同じ
3 原告には、石油製品を取り扱う貿易部門として石油化成品部が置かれ、本件当時、松岡武雄(以下「松岡」という。)が部長であった。そして、福田稔(以下「福田」という。)は、同部副部長として、被告との間の取引を担当していた。
4 福田は、本件各取引を含む石油取引によって原告に数億円の損害を与えたとして、平成六年八月三一日、原告から懲戒解雇された。(甲一〇、乙二一、証人福田)
二 本件の争点及び当事者の主張
1 本件各取引の成立に関し被告がした裁判上の自白について、その撤回が許されるか。
(一) 被告の主張
被告は、本件各取引の対象となっている船舶が真実実在し、荷物が輸送されていることから、右荷物を取引の対象とする売買が真実なされているものと信じていた。しかし、後に、福田及び原告は、原告会社の資金運用のため、実際は指定された商品を真実売買の対象とする意思がないにもかかわらず、これを名目上売買の対象として取り引きしていたことが判明した。すなわち、原告は、他者の間で取り引きされている商品であるにもかかわらず、海上に船舶が存在し、船中に商品があることから、これを名目上売買の対象とし、決済期間の時間差を利用して資金を運用し、金融の利益を得ようとしていたのである。
したがって、本件各取引はいずれも架空取引であり、その実体は消費貸借契約であって売買契約ではない。それゆえ、売買契約の成立について被告がした裁判上の自白は、真実に反することの証明があり、錯誤に出たものであるから、その撤回が認められるべきである。
(二) 原告の主張
自白の撤回には異議がある。そもそも、本件各取引において、売買の目的物は実在し、原告・被告間において、これを目的として売買の意思表示がなされたのであるから、売買契約は有効に成立し、何ら真実に反することはない。そして、被告は、本件各取引を含む取引の当初から、原告との間の取引が円環取引であること、すなわち、目的物の引渡しを必要としない取引であることを知っていたから、錯誤に出たものとはいえない。したがって、自白の撤回は許されない。
2 本件各取引から、被告の原告に対する代金支払義務が発生するか。
(一) 被告の主張
本件各取引の目的は、東亜エンタープライズ株式会社(以下「東亜エンター」という。)に対して資金を利用させることにあり、売買契約はそのための形式にすぎない。対象となる商品について、真実売る意思・買う意思があったわけではなく、かつ、その商品も全く移動していないから、本件各取引は、売買契約の名を借りた取引にすぎない。したがって、民法九三条ただし書の類推適用により、本件各取引から、被告の原告に対する代金支払義務は発生しない。
(二) 原告の主張
本件各取引の目的が東亜エンターに資金を利用させることにあったとしても、原告・被告間においては売る意思・買う意思があったのであるから、売買契約は有効に成立している。
3 本件各取引について、被告は、原告に対し、目的物の引渡しがないことを理由として契約解除の意思表示をすることができるか。
(一) 被告の主張
(1) 原告は、本件各取引のうち本件第一ないし第三取引、本件第七ないし第九取引、本件第一二取引及び本件第一三取引はいずれも円環取引であった旨主張するが、被告は、右各取引が円環取引であったことを知らなかった。したがって、原告が被告に対し右各取引の目的物について現実の引渡しをすべきところ、本件において、被告は本件各取引の目的物について引渡しを受けていない。
また、原告・被告間においては、東亜エンターから被告に対し売買代金が支払われた後に、被告が原告に契約書及び受領書を送付していたのであり、この時点で引渡しが履行されたのと同視する旨の合意があった。ところが、本件各取引においては、東亜エンターから被告に対し売買代金が支払われておらず、したがって、被告は原告に対し契約書及び受領書を送付していない。それゆえ、引渡しが履行されたとはいえない。
(2) このように、本件各取引についてはいずれも目的物の引渡しがなく、かつ、そもそも目的物は存在しなかったためその引渡しは不能であった。そこで、被告は、原告に対し、平成一〇年一一月一一日の第五回弁論準備手続期日において、本件各取引について、いずれも解除するとの意思表示をした。
(二) 原告の主張
本件各取引の目的物が実在することは前記1の(二)で述べたとおりであり、また、以下のとおり、本件各取引において目的物の引渡しがないことを理由とする被告の契約解除の主張は理由がない。
(1) 本件第一ないし第三取引、本件第七ないし第九取引、本件第一二取引及び本件第一三取引は、いずれも、東亜エンターを最初の売主かつ最終の買主とする円環取引の一部であるところ、円環取引においては、当初の売主が最終の買主となることによって、取引の目的物に係る引渡義務が同一人に帰属するから、円環取引の一つをなす売買契約において、売主が買主に対し目的物を引き渡す義務はそもそも生じない。
そして、本件第一ないし第三取引、本件第七ないし第九取引、本件第一二取引及び本件第一三取引においては、いずれも、最初の売主である東亜エンターが最終的に買い受ける旨の意思表示をなし、円環をなす売買契約が成立した。したがって、右各契約がいずれも円環取引であることについて被告が知っていたか否かにかかわらず、この時点で右各契約について引渡しが履行されたことになる。
(2) そもそも、原告・被告間の取引は、円環取引であるか否かにかかわらず、目的物の引渡しを売主の義務としない取引であった。平成二年八月ころから平成六年六月初めまでの約四年間にわたる取引において、原告が被告に対し目的物の引渡しをしたことは一度もない。また、仮に目的物の引渡しが必要であるとしても、被告は、原告から買い受けた目的物をいずれも東亜エンターに売却し、東亜エンターから受領書の交付を受けて代金債権を取得しているのであるから、原告・被告間においても引渡しは済んでいる。
(3) なお、被告は、本件第一ないし第三取引、本件第七ないし第九取引、本件第一二取引及び本件第一三取引がいずれも円環取引であったことを知らなかった旨主張する。
しかしながら、<1>被告は、原告から売買代金の支払として受け取った手形を割り引き、その割引金の中から東亜エンターに対し売買代金を支払うことによって多大な利益を上げていたこと、<2>被告は、東亜エンターから石油製品を購入し、一キロリットル当たり三〇〇円ないし六〇〇円の利益を上乗せした上で、原告その他の業者に転売していたところ、その利益の一部について、福田の指示に従い、株式会社農研(以下「農研」という。)又はイーストアンドトレード株式会社(以下「イースト」という。)に送金し、福田の業務上横領に協力していたこと、<3>被告は、福田が作成した覚書(乙三の1)の存在を故意に隠匿し、平成六年六月二二日に原告の石油化成品部部長松岡が被告会社を訪問した際にも、また同年八月八日に被告代表者西尾俊一(以下「西尾」という。)が原告会社を訪問した際にも覚書の存在を明らかにせず、右覚書は福田が偽造したものであることを知っていたと認められること、<4>本件各取引以外にも、平成六年三月分取引において、同一の商品が東亜エンターから被告を通じて原告に売られ、その後原告から被告を通じて東亜エンターに売られ、円環取引が成立しているが、被告はこの取引に応じていること、また被告はその関連会社であるタクト及び取引先である西日本産業を介在させ、東亜エンターの資金繰りに協力していること、<5>本件第一取引は円環取引を形成する取引の一部であるが、被告は、福田からファクシミリで送信された「4月分ディール明細」(乙二九の3)に右円環取引の残り半分である原告→被告→東亜エンターという取引の流れ及び被告の東亜エンターに対する売値を手書きで記載し、本件第一取引が円環取引であることを認識した上で、被告の東亜エンターに対する売値について福田と電話でやりとりしていたこと、<6>本件各取引のうち五月分の取引について、円環取引をなす取引が存在するが、被告は異議なくこの円環取引に応じており、原告との間の取引が円環取引であることについて従前から認識していたこと、<7>原告・被告間の取引のうち原告→被告→東亜エンターという流れの取引については、東亜エンターの被告に対する代金債務の決済は六〇日後、被告の東亜エンターに対する代金債務の決済は三〇日後であり、被告は、原告から大倉商事株式会社(以下「大倉商事」という。)又はトーメンエネルギー株式会社(以下「トーメン」という。)振出の手形を受け取り、これを割り引いた上で東亜エンターに対し売買代金を支払うという取引条件になっていたところ、被告は、タクト及び西日本産業を通じて現金を捻出し、原告から被告に対する入金を待たずに、東亜エンターに対し一億二三一四万円という大金を支払っているが、これは、被告の東亜エンターに対する支払がないと東亜エンターの資金繰りが破綻し、被告自身が困る事情があったからであること、<8>被告は福田と親密な関係にあることからすると、被告は、本件各取引が円環取引の一部であったことを認識していたはずである。
(4) 本件第四ないし第六取引、本件第一〇取引及び本件第一一取引は、円環取引の一部をなす取引ではない。
しかし、原告・被告間の取引においては目的物の引渡しを必要としなかったことは前記(2)に述べたとおりであり、かつ、被告は、原告に対し、売買の目的物の引渡しがなくても、右各契約について売買代金を支払うことを事前に承諾していた。したがって、原告が被告に対し右各契約に基づき目的物を引き渡さなかったとしても、被告は、これを理由として右各契約を解除することはできない。
4 福田が被告に対してなした債権放棄の意思表示は、有効に原告に帰属するか(福田の代理権の有無)。
(一) 被告の主張
(1) 被告は、原告との間の取引を開始するに当たり、福田から、「本来、原告と東亜エンターとが直接取り引きすべきところ、社内事情により、被告を通じて東亜エンターに売却したい。被告の利益は一キロリットル当たり五〇円ないし一〇〇円である。取引は、原告→被告→東亜エンターという流れと、東亜エンター→被告→原告という流れの二本になり、被告の東亜エンターに対する売掛債権と東亜エンターの被告に対する売掛債権が相殺勘定になるようにする。したがって、東亜エンターからの売買代金の支払は間違いなく決済される。」という説明を受けた。
(2) そのため、被告は原告との取引を開始したのであるが、年々取引高が増大し、被告が原告に対し支払う代金額が高額になり、かつ、東亜エンター→被告→原告という流れの取引よりも、原告→被告→東亜エンターという流れの取引の方が増大する状況となったため、万一、東亜エンターから被告に対し売買代金が支払われないときは、被告が原告に対し売買代金を支払うことが不可能となり、被告は倒産せざるを得ない状況となった。
そこで、被告は、福田との間で、平成五年八月三〇日、東亜エンターが被告に対し売買代金を支払わないときは、これに相当する原告の被告に対する売買代金債権を放棄するとの合意をし、福田は、被告に対し、右合意内容を記載した松岡作成の覚書(乙一、三の1。以下「本件覚書」という。)を交付した。
原告は、右合意に先立ち、福田に対し、被告との間で右合意をすることについて代理権を授与した。このことは、<1>松岡は出張が多くまた石油取引の専門家ではないことから、福田が同部副部長として国内の石油取引の全部を取り仕切っており(国内における全ての石油取引は福田が決裁していた。)、責任者となっていたこと、<2>松岡名義の部長印は福田が管理していたこと、<3>原告が主張する本件各契約は、全て、福田の責任の下になされていたこと、<4>全ての取引が決済されて初めて取引が成立し、代金が決済されるという円環取引の性格上、円環取引の一部において代金の支払がなされないとき、すなわち、東亜エンターから被告に対し売買代金の支払がないときは、原告の被告に対する売買代金債権を放棄するのが当然のことであり、したがって、福田がこの放棄について権限を有していたと解することが妥当であることからして明らかである。
(3) 本件においては、東亜エンターから被告に対し売買代金が支払われていない。したがって、被告は、右債権放棄の合意に基づき、原告に対し、売買代金を支払う義務がない。
(二) 原告の主張
原告が福田に石油化成品部副部長の肩書を与えたことは認めるが、福田は、債権放棄という重大な行為をなすについて、原告を代理する権限を有していなかった。したがって、福田がなした債権放棄の意思表示は、原告に帰属しない。
なお、福田がした債権放棄の合意について被告がその根拠とする本件覚書は、いずれも、福田作成に係る偽造文書である。
5 仮に福田が債権放棄の合意をするについて代理権を有していなかったとしても、民法一〇九条、一一〇条の表見代理が成立するか。
(一) 被告の主張
(1) 原告は、右債権放棄の合意に先立ち、福田に対し、副部長の肩書を与え、部長印の管理を委ねたことによって、被告に対し、右債権放棄の合意について代理権を授与した旨表示した。
(2) 松岡が、被告との間において、自ら取引の交渉をしたのは平成六年六月二二日が初めてであり、それ以前は、全て福田が原告会社の国内における石油取引を取り仕切っていた。また、本件覚書のうちファクシミリで送信されたもの(乙一)は、原告社員が、原告会社において作成し、被告に対しファクシミリで送信したものであって、福田が単独で行った行為ではなく、いわば会社ぐるみで行った行為である。さらに、原告との間の従前の取引においても、被告は松岡の確認を取ったことはなく、福田が国内取引において全権を持っていると考えていた。
(3) したがって、仮に福田が右債権放棄の合意をする権限を有しなかったとしても、被告は、福田が債権放棄の合意をする権限を有すると信じていたから、民法一〇九条、一一〇条の重畳適用により、福田がした債権放棄の合意の効果は原告に帰属する。
(4) 原告は被告が福田に債権放棄の合意をする権限ありと信じたことについて正当の事由がないと主張するが、本件覚書に松岡の職印が押印されていたことに加え、<1>本件各取引当時、石油化成品部部長であった松岡は出張が多く、ほとんど日本にいなかったこと、<2>松岡は石油取引については専門家ではなく、副部長として福田が国内の石油取引全部を取り仕切り、責任者となっていたこと、<3>福田は松岡の職印を自由に使える立場にあり、事実自由に使用していたこと、<4>本件覚書のうちファクシミリで送信されたもの(乙一)は原告本社社員が作成し、被告に対しファクシミリで送信したものであり、原告会社が一体となって行ったと認められること、<5>原告は、平成六年五月には福田の行動に疑いを持ち、福田から事情を聴取し、本件覚書の存在を知った上で、同年六月二二日、被告に対し本件各取引の実行を強く依頼したこと、<6>福田の上司である山田光雄(以下「山田」という。)は、寿燃料株式会社(以下「寿燃料」という。)に対し、転売先の売掛金については原告が保証し、同社に損失を与えることはないとの確約を与えているところ(乙二六の4)、被告との間の取引についても、原告は、右と同様に、会社ぐるみで福田の行動を保証し、債権放棄と同様の発言をしていることからして、福田に債権放棄の合意をする権限ありと被告が信じたことについて、過失はない。
(二) 原告の主張
原告が福田に石油化成品部副部長の肩書を与えたことは認めるが、当該部署の担当する事項について法人の代理権を有するのは、当該部署の最高責任者である部長であるから、福田に対し副部長の肩書が入った名刺の使用を許したからといって、民法一〇九条の代理権授与表示があったことにはならないし、原告が福田に対し本件覚書に押印されたゴム印及び職印の保管を委ねたこともない。また、代金債権を放棄する権限は部長であった松岡にもないし、福田が原告から与えられていた毎月の石油取引について各社と契約する権限も、毎月松岡の事後承認を得て、その次の月の契約をすることが許されるという制限された代理権にすぎなかった。
さらに、被告は、福田が本件覚書を原告に無断で作成したことを知っていたし、少なくとも、原告の被告に対する債権放棄という行為は、原告・被告間の日常的な取引と異なり、重大かつ異例な事柄に属するから、被告としては、その真否について松岡に直接確認すべきであったにもかかわらず、これを怠り、漫然日常的な形式の文書にすぎない本件覚書で十分と判断した。したがって、福田に債権放棄の合意をする権限ありと被告が信じたことについて正当の事由があったとはいえない。
6 仮に福田が債権放棄の合意をするについて代理権を有していなかったとしても、表見支配人(商法四二条)の法理により、原告にその効果が帰属するか。
(一) 被告の主張
原告は、福田に対し、平成四年七月ころ、「東京貿易株式会社石油化成品部副部長」の肩書を付与した。そして、この「東京貿易株式会社石油化成品部副部長」という肩書は、商法四二条にいう「本店又ハ支店ノ営業ノ主任者タルコトヲ示スベキ名称」に該当すると解すべきである。したがって、商法四二条により、福田の権限は松岡部長の権限と同一であるから、福田がなした本件債権放棄の合意は有効である。
(二) 原告の主張
原告が福田に対し「東京貿易株式会社石油化成品部副部長」という肩書を与えたことは認める。しかし、そもそも、営業主が一つの商号の下で数種の営業を行う場合には、支配人は全部の営業について営業主を代理するところ、原告会社の石油化成品部を含む貿易部門の各部は、取扱品目によって担当者を定めているにすぎないから、「石油化成品部部長」は支配人ではない。したがって、「石油化成品部副部長」という福田の肩書は、「本店又ハ支店ノ営業ノ主任者タルコトヲ示スベキ名称」に該当するものではない。
7 福田が原告に無断でした債権放棄の合意について、原告は追認の意思表示をしたか。
(一) 被告の主張
(1) 福田は、松岡に対し、平成六年五月二八日、自らがなした円環取引について報告し、これを受けて、原告会社の営業部門で今後の対応を協議した。したがって、原告は、本件覚書の存在及びその内容を知っていたはずである。
その上で、原告は、被告に対し、同年六月二二日、原告会社の資金繰りのため、本件各取引の実行を依頼してきた。被告は、原告に対し、右覚書の存在及び内容を説明し、東亜エンターからの入金がなければ原告に対し売買代金を支払わなくてよいとの保証を得た上で、原告と取引をした。
(2) 原告は、同年五月二八日、寿燃料及び株式会社協東商会(以下「協東商会」という。)に対し、同年四月分の取引の実行を依頼した。その際、原告は、右二社に対し、原告の資金繰りの都合によって、右四月分の取引を外観上成立させるが、右二社の原告に対する売買代金債務を生ずるものではなく、右二社を除いて四月分取引を原告の責任において決済することを約し、右合意内容を確認するため、それぞれ確認書を作成した。
右各確認書は、本件覚書と同趣旨のものであるから、原告は当初から本件覚書を福田が差し入れ債権放棄の合意をすることを了解していたものであり、少なくとも、原告は、被告に対し、右各確認書と同趣旨である本件覚書の存在を了解した上、本件各取引を依頼したものである。
(3) したがって、原告は、被告に対し、遅くとも平成六年六月二二日、福田の無権代理行為を追認するとの意思表示をした。
(二) 原告の主張
原告が被告に対し福田がなした債権放棄の合意を追認したことはない。原告が本件覚書の存在及び内容を知ったのは、平成六年九月一四日、松岡が債権回収の打ち合わせのため被告に赴いたときであって、被告は不自然にもこのときになって初めて右覚書の存在を明らかにした。そして、同月二〇日、右覚書が原告に郵送されてきたのである。
8 本件各取引に当たり、原告・被告間で支払拒絶の合意が成立したか。
(一) 被告の主張
(1) 原告と被告は、本件各取引を締結するに当たり、被告は原告に対し、東亜エンターから被告に対し売買代金が支払われた後に本件各取引の売買代金を支払うとの合意をした。
(2) 本件においては、東亜エンターは、被告に対し、本件各取引に対応する被告と東亜エンターとの間の売買契約について、売買代金を支払っていない。したがって、被告は、右合意に基づき、本件各取引の売買代金の支払を拒絶する。
(二) 原告の主張
原告が被告との間で被告主張に係る合意をした事実はない。原告・被告間の従前の取引において金銭の動きが被告主張のとおりであったとしても、それは被告が資金を用意する必要がなく便利であったためにすぎない。
9 被告の原告に対する詐欺取消しの可否
(一) 被告の主張
(1) 原告は、被告に対し、本件第一ないし第一三取引の締結に際し、東亜エンターに代金決済能力がないことを知りながら、かつ、原告が被告に対し売買代金債権を放棄する意思がなかったにもかかわらず、福田をして、「万一東亜エンターから被告に対し売買代金の支払がなされない場合には、これに相当する原告の被告に対する売買代金債権を放棄する。」などと告げ、かつ、平成五年八月三〇日、右内容の本件覚書を作成して被告に交付し、さらに、平成六年六月二二日、福田、松岡及び原告会社の常務取締役であった田中悟(以下「田中」という。)をして、本件第七ないし第一三取引につき、「東亜エンターから被告に対し売買代金が間違いなく決済されるので、是非とも取引をして欲しい。」などと告げて、被告を欺き、そのように信じさせた上、本件第一ないし第一三取引を締結させた。
(2) 被告は、原告に対し、平成一〇年三月九日の第二回弁論準備手続期日において、本件第一ないし第一三取引の意思表示を取り消すとの意思表示をした。
(二) 原告の主張
詐欺による取消しの主張は争う。
10 不法行為に基づく損害賠償請求権を自働債権とする被告の相殺の可否
(一) 被告の主張
(1) 福田は、原告・被告間で本件各取引を開始するに当たり、被告に対し、真実は原告の了解を得ていないにもかかわらず、「万一東亜エンターから被告に対し売買代金の支払がなされないときは、これに相当する原告の被告に対する売買代金債権を放棄する。」などと告げ、かつ、松岡の了解を得ていないにもかかわらず、右の内容を記載した本件覚書に松岡の記名・押印をなし、これを被告に交付し、いかにも債権放棄の合意をするについて松岡の了承があったかのような説明をして被告を欺き、被告をして原告との取引を継続させ、ひいては本件各取引を締結させた。さらに、平成六年六月二二日、福田、松岡及び田中は、被告に対し、本件第七ないし第一三取引につき、「東亜エンターから被告に対し売買代金が間違いなく決済されるので、是非とも取引をして欲しい。」などと告げて被告を欺き、本件各取引を締結させた。
(2) 原告は、平成六年五月二八日、福田から本件各取引が円環取引であることについて報告を受け、右覚書の存在を知っていたにもかかわらず、福田、松岡及び田中の業務執行について適切な監督を怠り、漫然、本件各取引を締結させた。
(3) 福田らの右詐欺行為は、原告の業務の執行につきなされたものであるから、原告は、民法七一五条に基づき使用者責任を負うべきである。そして、本件第一ないし第一三取引により、被告は、原告に対し、五億二〇〇〇万一〇〇六円の債務を負担しているところ、被告の東亜エンターに対する債権は、同社が倒産していることから回収不能となっているから、被告は、原告の被告に対する右債権と同額の損害を被った。
(4) 被告は、原告に対し、平成一〇年三月九日の第二回弁論準備手続期日において、右損害賠償債権をもって、原告の本訴請求債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
(二) 原告の主張
(1) 被告の主張(1)の事実のうち、福田が、松岡の了解がないのに本件覚書に松岡の記名・押印をなし、これを被告に交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は福田が原告に無断で本件覚書を作成したことを知っていたのであるから、そもそも被告を欺いた事実はない。
被告の主張(2)の事実も否認する。前述のとおり、原告は、平成六年九月一四日、松岡が被告を訪問した際に被告代表者から本件覚書があると聞かされ、初めてその存在を知ったものである。また、原告が福田、松岡及び田中の業務執行について適切な監督を怠った事実はない。
被告の主張(3)の事実のうち、被告が原告に対し五億二〇〇〇万一〇〇六円の債務を負担している点は認めるが、福田の詐欺行為が原告の業務の執行につきなされたとする点は否認する。原告の債権放棄を内容とする本件覚書の作成は福田の職務の範囲外であるから、「事業ノ執行ニ付キ」という使用者責任の要件に該当するものではない。被告の東亜エンターに対する債権が回収不能となっていることは不知。被告の損害の発生は争う。
(2) また、本件各取引の取引額は多額に上り、したがってその債権放棄の額も多額であるばかりか、本件各取引の取引形態は当初から不自然であったから、被告としては、福田との間で債権放棄の合意をするに当たっては、松岡に問い合わせるべきであったにもかかわらず、被告はこの確認を怠った。したがって、福田が原告に無断で本件覚書を作成したことについて被告が知らなかったとしても、被告には右確認を怠った点で重大な過失があるから、原告に対し使用者責任を問うことはできない。
(3) さらに、原告が被告に対し使用者責任を負うとしても、被告には右(2)のとおり過失があるから、過失相殺が認められるべきである。
11 原告の本訴請求は権利濫用に該当するか。
(一) 被告の主張
原告は、平成六年五月二七日の時点で福田がなした架空取引に気づいていた。この時点で、同年三月分の取引と同様、東亜エンターの被告に対する支払不能が確定しており、その原因が原告にあることは明白であった。それにもかかわらず、原告は、東亜エンターに支払能力がないことを知りながら、被告に対し、本件各取引をすることを求め、かつ、その売買代金の支払を求めているのである。
このように、本件各取引は、被告を陥れるために原告が計画的に仕組んだ取引であるから、原告の本訴請求は権利濫用に該当する。
(二) 原告の主張
原告の本訴請求が権利濫用に該当するとの主張は争う。
(1) そもそも、本訴請求のうち四月分の取引は平成六年五月初めに成立したから、同月二八日に福田の円環取引が発覚する以前の取引である。したがって、原告が福田の架空取引を知りながら被告に対し四月分の取引を求め、本訴請求においてその代金の支払を請求している旨の被告の主張は、その前提を欠くものである。
(2) 被告の主張のうち、平成六年五月二七日の時点で東亜エンターの支払不能が確定していたとの部分は否認する。東亜エンターは倒産していたわけではなく、現在も営業を継続しており、原告には同社の支払不能の認識はなかった。
(3) 原告が本訴請求のうち五月分の取引を組んだのは、これまで福田が毎月継続していた円環取引を突然取りやめると資金繰りに困る会社が出てくるかもしれないと認識していたからであり、五月分の取引も従前の取引の継続であるから決済されるものと考えていた。福田の円環取引が東亜エンターに金融の利益を得させるためのものであり、この円環取引によって同社が資金繰りにおいていわば自転車操業をしていたことを原告が認識することができたのは、平成六年八月又は九月の段階である。
(4) 東亜エンターは、福田の円環取引によって自転車操業を続けており、いずれ破綻するものであった。仮に原告が五月分の取引を組まなければ、一か月早く破綻していた。平成六年三月分、四月分の取引も、東亜エンターの資金不足というリスクを抱えた取引であって、原告が五月分の取引を組んだことは、実質的に従前の取引の弁済期を延期したにすぎない。
(5) 被告は、福田の円環取引が東亜エンターに金融の利益を得させるためのものであること、これによって東亜エンターの資金繰りが可能となっていたことを知っていた。したがって、原告が被告に対し五月分の取引を求め、本訴請求においてその代金の支払を求めたとしても、何ら権利の濫用に該当することはない。
第三争点に対する判断
一 争点1(自白の撤回の可否)及び争点2(被告の売買代金債務の発生)について
1 証拠(甲四の1ないし3、五の1ないし7、六の1ないし6、一〇、一一の1ないし3、乙四の5、6、五の2ないし10、六の1ないし4、七の1ないし6、八ないし一一の各1ないし4、一二の1ないし8、一三ないし一六の各1ないし4、一七及び一八の各1ないし8、一九の1ないし4、二〇、二一、二八の1ないし4、二九の1ないし3、三〇の1、2、三一の1ないし7、証人福田、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 福田(当時は原告の石油化成品部課長であった。)は、被告代表者である西尾に対し、平成二年二月ころ、「原告と東亜エンターとの間の通常取引に被告が介在して欲しい。例えば、原告が二万四九五〇円で仕入れた商品を被告に二万五〇〇〇円で売り、被告は東亜エンターに二万五〇五〇円で売ってくれ。一キロリットル当たり五〇円ないし一〇〇円、一万キロリットルで五〇万円ないし一〇〇万円の利益が出る。東亜エンターが被告に売り、被告が原告に売るという逆の流れの取引も設定するので、東亜エンターに対する売掛代金と買掛代金とが相殺勘定となるから、東亜エンターに対する債権が回収不能となることはない。」などと申し向けた。西尾はこれを了承し、原告との間において石油取引をすることとなった。(乙二〇、二一、証人福田、被告代表者)
(二) 右取引の決済条件は、被告が原告から仕入れて東亜エンターに販売する取引については、被告の原告に対する売買代金債務及び東亜エンターの被告に対する売買代金債務のいずれについても、月末締めの六〇日後に決済することとなっていた。これに対して、被告が東亜エンターから仕入れて原告に販売する取引については、原告の被告に対する売買代金債務は月末締めの六〇日後に大倉商事又はトーメン振出の手形で決済するが、被告の東亜エンターに対する売買代金債務については三〇日後に決済することとなっており、被告は右手形を割引して現金化し、東亜エンターに支払っていた。
したがって、東亜エンターは、被告との取引の決済において、三〇日間の資金繰りの余裕が生じることとなった。福田は、東亜エンターに生じるこの資金的余裕を利用する意図を有し、実際にこれを利用していた。
(三) 右取引は、当月分の取引について、福田が、被告に対し、翌月の前半に、商品、数量、金額及び転売先を指示したメモをファクシミリで送信する方法で行われ、福田は、その後、被告に対し、請求書、納品書、受領書及び契約書が一連となった書類を送付した。
なお、右取引においては、福田が被告に対し右メモをファクシミリで送信したときに商品の受け渡しが終了することとなっていた。(乙二一、証人福田、被告代表者)
(四) 福田は、被告に対し、平成六年五月一〇日、「4月分ディール明細」と題する文書をファクシミリで送信した。右文書の冒頭には、本件第三取引の内容が記載されている。この本件第三取引について、福田は、その後、被告に対し、いずれも同年四月三〇日付けの請求書、受領書、売買契約書(二通)を送付した。
そして、被告は、原告から一キロリットル当たり二万四八〇〇円で買った白灯油について、一キロリットル当たり二〇〇円のマージンを上乗せして、東亜エンターに対し、一キロリットル当たり二万五〇〇〇円で転売した。(甲五の4、甲六の2、一〇、一一の1ないし3、乙五の3、八の1ないし4、二九の2、被告代表者)
(五) 福田は、原告の石油化成品部部員吉井某(以下「吉井」という。)をして、被告に対し、同年五月一一日、「4月分ディール明細」と題する書面をファクシミリで送信させた。右文書には、本件第一及び第二取引の内容が記載されている。この本件第一及び第二取引について、福田は、その後、被告に対し、いずれも同年四月三〇日付けの請求書、受領書、売買契約書をそれぞれ送付した。
被告は、本件第一及び第二取引において原告から買い入れた商品について、それぞれ一キロリットル当たり五〇円のマージンを上乗せして、東亜エンターに転売した。
なお、本件第一取引の目的物は、本件第一取引に先立ち、被告が東亜エンターから買い入れて原告に対し売った目的物と同一である。被告は、東亜エンターからLSA重油を一キロリットル当たり二万二七〇〇円で買い入れ、一キロリットル当たり六〇〇円のマージンを上乗せし、原告に対し一キロリットル当たり二万三三〇〇円で転売した。そして、本件第一取引において、原告は、被告に対しLSA重油を一キロリットル当たり二万三八〇〇円で売ったところ、被告は、一キロリットル当たり五〇円のマージンを上乗せし、東亜エンターに対し一キロリットル当たり二万三八五〇円で転売した。また、被告は、東亜エンターから白灯油を一キロリットル当たり二万二〇〇〇円で買い入れ、一キロリットル当たり六〇〇円のマージンを上乗せし、原告に対しこれを一キロリットル当たり二万二六〇〇円で転売した。そして、本件第一取引において、原告は、被告に対し白灯油を一キロリットル当たり二万三〇〇〇円で売り、被告は、一キロリットル当たり五〇円のマージンを上乗せし、東亜エンターに対しこれを一キロリットル当たり二万三〇五〇円で転売した。(甲四の1、五の1ないし3、六の1、乙四の3、五の2、3、六の1ないし4、七の1ないし6、三〇の1、2、被告代表者)
(六)(1) 福田は、右と同様に、自ら又は原告の石油化成品部部員をして、被告に対し、本件第四ないし第六取引の内容を記載した書面をファクシミリで送信し、又は送信させた。
(2) 福田は、被告に対し、本件第四取引の内容が記載された平成六年四月三〇日付け請求書、受領書及び売買契約書(二通)を送付した。そして、被告は、東亜エンターに対し、原告から買い入れた本件第四取引の商品を、一キロリットル当たり五〇円のマージンを上乗せして転売した。
福田は、被告に対し、本件第五取引の内容が記載された平成六年四月三〇日付け請求書、受領書及び売買契約書(二通)を送付した。そして、被告は、東亜エンターに対し、原告から買い入れた本件第五取引の商品を、一キロリットル当たり五〇円のマージンを上乗せして転売した。
福田は、被告に対し、本件第六取引の内容が記載された平成六年四月三〇日付け請求書、受領書及び売買契約書(二通)を送付した。そして、被告は、東亜エンターに対し、原告から買い入れた本件第六取引の商品を、一キロリットル当たり一〇〇円のマージンを上乗せして転売した。(乙五の2、4、九ないし一一の各1ないし4、二九の3)
(七) 福田は、被告に対し、同年六月六日、「5月分ディール明細」と題する書面をファクシミリで送信した。この書面には、本件第七、第一一及び第一三取引の内容が記載されている。この本件第七、第一一及び第一三取引について、福田は、その後、被告に対し、いずれも同年五月三一日付けの請求書、受領書及び売買契約書(二通宛)を送付した。
被告は、本件第七、第一一及び第一三取引によって原告から買い入れた商品について、第七及び第一三取引については一キロリットル当たり五〇円、第一一取引については一キロリットル当たり一〇〇円の利益をそれぞれ上乗せして、東亜エンターに転売した。
なお、本件第一三取引の目的物は、本件第一三取引に先立ち、被告が東亜エンターから買い入れて原告に対し売った目的物と同一である。被告は、東亜エンターからA重油(AFO)を一キロリットル当たり二万円で買い入れ、一キロリットル当たり二〇〇円のマージンを上乗せして、原告に対し一キロリットル当たり二万〇二〇〇円で転売した。そして、本件第一三取引において、原告は、被告に対しA重油を一キロリットル当たり二万〇四五〇円で売り、被告は、一キロリットル当たり五〇円のマージンを上乗せして、東亜エンターに対し一キロリットル当たり二万〇五〇〇円で転売した。
また、原告は本件各取引以外にも、平成六年五月分取引として、本件第一三取引と同様、一旦東亜エンターがある石油製品を被告に売り、被告がそれを原告に転売した後、原告がその目的物を被告に売り、被告が一キロリットル当たり五〇円のマージンを上乗せしてその目的物を東亜エンターに転売した取引が二つある。(甲六の4、乙四の5、6、五の5ないし7、一二の1ないし8、一六の1ないし4、一八の1ないし8、一九の1ないし4、三一の1、被告代表者)
(八) 福田は、被告に対し、吉井をして、同年六月八日、「5月分ディール明細-II」と題する書面をファクシミリで送信させた。この書面には、本件第八及び第一〇取引の内容が記載されている。この本件第八及び第一〇取引について、福田は、その後、被告に対し、いずれも同年五月三一日付けの請求書、受領書及び売買契約書(二通宛)を送付した。
被告は、原告から買い入れた本件第八及び第一〇取引の商品を、いずれも一キロリットル当たり五〇円の利益を上乗せして、東亜エンターに転売した。(甲六の6、乙五の6、7、一三及び一五の各1ないし4、三一の6)
(九) 福田は、被告に対し、同年六月一三日、「5月分ディール明細」と題する書面をファクシミリで送信した。この書面には、本件第九取引の内容が記載されている。この本件第九取引について、福田は、その後、被告に対し、いずれも同年五月三一日付けの請求書、受領書及び売買契約書(二通)を送付した。
被告は、原告から買い入れた本件第九取引の商品を、マージンの上乗せをすることなく、東亜エンターに転売した。(甲六の5、乙一四の1ないし4、三一の5)
(一〇) 福田は、右と同様に、自ら又は原告の石油化成品部部員をして、被告に対し、本件第一二取引の内容を記載した書面をファクシミリで送信し、又は送信させた。
福田は、被告に対し、本件第一二取引の内容が記載されたいずれも同年五月三一日付けの請求書(二通)、受領書(二通)及び売買契約書(四通)を送付した。
なお、本件第一二取引の目的物は、本件第一二取引に先立ち、被告が東亜エンターから買い入れて原告に対し売った目的物と同一である。被告は、東亜エンターからA重油(AFO)を一キロリットル当たり二万円で買い入れた。そして、本件第一二取引において、原告は、被告に対しA重油を一キロリットル当たり二万〇三五〇円で売った。(乙五の10、一七の1ないし8、弁論の全趣旨)
(一一) 原告・被告間の取引については、本件各取引以外にも、同年三月分取引として、一旦東亜エンターがある石油製品を被告に売り、被告がそれを原告に売った後、原告が同一の目的物を被告に売り、被告が一キロリットル当たり五〇円のマージンを上乗せしてその目的物を東亜エンターに転売した取引がある。例えば、A重油三〇〇・〇八一キロリットル(積込日・平成六年三月三〇日、積出地・JOMO水島製油所、船名・あすかわ丸)については、まず東亜エンターから被告に対し一キロリットル当たり二万一一〇〇円で売られ、被告が原告に対し一キロリットル当たり二万一七〇〇円で転売した。その後、原告は被告に対し右A重油を一キロリットル当たり二万三五〇〇円で売り、被告は東亜エンターに対し一キロリットル当たり二万三五五〇円で転売している。(乙二八の2、4)
(一二) 本件各取引の明細は、別紙一記載のとおりである。(甲一〇)
2 右認定事実によれば、原告・被告間の本件各取引は、客観的には、売主と買主の間ですでに成立している売買に商社などの他の業者が介入し、介入した業者が売主から商品を買い受けて買主に転売する売買契約の形式を採るいわゆる介入取引であり、特に、本件各取引のうち第一ないし第三、第七ないし第九、第一二及び第一三取引は、最初の売主である東亜エンターが、原告及び被告を含む複数の業者を順次介入させた上、最終的には自らが買主となって介入取引の円環を形成したいわゆる円環取引であることが認められる。
そして、このような介入取引又は円環取引においては、売買契約の法形式が採られるものの、その主たる目的は、介入する業者がマージンなどの名目で手数料などを受け取って、売主又は買主に融資又はリスクの引き受けをするという金融目的にあり、商品を現実に引き渡す必要性は乏しいと解される。したがって、介入取引又は環状取引であることを知って取引に参加した当事者間においては、商品の現実の引渡しを省略し、受領証などの書類の授受のみで取引を行い、ことに円環取引にあっては、最初の売主と最終の買主が一致することによって円環が完成した時点において、商品の引渡しは全て完了したという処理をすることについて、少なくとも黙示の合意があるものと解するのが相当である。
3 被告は、本件各取引が介入取引であることは認めるものの、本件各取引の当時、本件第一ないし第三、第七ないし第九、第一二及び第一三取引につき、原告・被告間の売買契約が円環取引の一環をなす取引であったことは知らなかった旨主張し、これに沿う供述及び供述記載もある(乙二〇、二一、証人福田、被告代表者)。
しかしながら、証拠(甲六の1ないし4、一〇、一一の1ないし3、乙5の10、一七の1、2、二八の2、4、二九の1ないし3、被告代表者)によれば、次の事実を認めることができる。
(一)(1) 本件第一取引に先立ち、被告は、東亜エンターから本件第一取引の日的物と同一の商品を買い入れて原告に転売したことは前記認定のとおりであるが(前記1の(五))、被告は、LSA重油及び白灯油を原告に転売するに当たり、いずれも一キロリットル当たり六〇〇円のマージンを上乗せし、うち一キロリットル当たり三五〇円を、福田の指示により、イーストに振込送金した。
なお、イーストは、福田が設立し、代表取締役を務めていた会社である。(甲六の2、一〇、一一の1ないし3、乙二九の3、被告代表者)
(2) 前記認定のとおり、被告は、本件第三取引において、原告から一キロリットル当たり二万四八〇〇円で買った白灯油について、一キロリットル当たり二〇〇円のマージンを上乗せし、東亜エンターに対し、一キ口リットル当たり二万五〇〇〇円で売った(前記1の(四))。被告は、右マージンのうち一キロリットル当たり一五〇円を、福田の指示により、イーストに送金した。(甲六の2、乙二九の2、被告代表者)
(3) 原告・被告間の取引については、本件各取引以外にも、平成六年三月分取引として、一旦東亜エンターがA重油を被告に売り、被告がそれを原告に転売した後、原告が同一のA重油を被告に売り、被告が一キロリットル当たり五〇円のマージンを上乗せしてそれを東亜エンターに転売した取引があることは前記認定のとおりであるが(前記1の(二))、この取引においても、被告は、東亜エンターから買い入れたA重油を原告に転売するに当たり、福田の指示により、自らが上乗せしたマージン一キロリットル当たり六〇〇円のうち一キロリットル当たり三五〇円をイーストに振込送金している。
その他、同年三月分取引において、被告は、東亜エンターから買い入れた商品を原告若しくはSTKに転売するに当たり又は原告から買い入れた商品を東亜エンターに転売するに当たり、福田の指示により、合計八回にわたり、一キロリットル当たり二五〇円ないし四〇〇円を農研又はイーストに振込送金している。(乙二八の2、4、被告代表者)
(4) 被告は、同年四月分取引のうち、本件第一取引及び第三取引以外の取引についても、東亜エンターから買い入れた商品を原告若しくはSTKに転売するに当たり又は原告から買い入れた商品を東亜エンターに転売するに当たり、福田の指示により、合計四回にわたり、一キロリットル当たり一五〇円ないし三五〇円を農研又はイーストに振込送金している。(乙二九の1ないし3、被告代表者)
(二)(1) 本件第一取引、第一二取引及び第一三取引においては、東亜エンターを起点とする円環取引につき、まず被告が最初の買主として登場してこれを原告に転売し、その後複数の業者を経由した後、同一の商品を被告が原告から買い受け、これを東亜エンターに転売していることは、前記1認定のとおりである。
(2) 本件第一取引について吉井が被告に対しファクシミリで送信した「4月分ディール明細」と題する書面によれば、日付、港、船舶、油種、数量が同一の取引が、東亜エンターから被告、被告から原告へ転売され、かつ、原告から被告、被告から東亜エンターへ転売されている。
また、「4月分ディール明細」のうち、被告所持の書類(乙二九の3(甲六の2と同一))には、被告の人間によって、右反対方向の取引が記載され、円環が完成することが記載されている.。(甲六の1、2、乙二九の2、3、三〇の1、2)
(3) 本件第一二取引についての東亜エンターの被告宛請求書及び原告の被告宛請求書によれば、日付、船舶、油種、数量が同一の取引が、東亜エンターから被告、被告から原告へ転売され、かつ、原告から被告、被告から東亜エンターへ転売されている。(乙五の10、乙一七の1、2)
(4) 本件第一三取引について福田が被告に対しファクシミリで送信した「5月分ディール明細」と題する書面によれば、同一の書面の中で、原告から被告、被告から東亜エンターへの転売の取引につき、日付、港、船舶、油種、数量等の明細は、東亜エンターから被告、被告から原告への転売と同一であると記載されている。(甲六の4)
4 被告代表者は、右3(一)の農研又はイーストに対する振込送金について、福田から取引に当たり紹介を受けたことに対する口銭として支払って欲しいと電話で指示を受けたので、その指示に従い振込送金していたが、石油取引においては口銭を支払うことはよくあることであるから、特に福田の指示を不思議には思わなかった旨述べている。しかしながら、農研又はイーストは原告と別個の会社であり、しかも石油取引と全く関係のない会社であることは西尾も自認する事実であるところ、本来取引に介入したマージンとして被告が取得すべき金銭のうち相当額を、福田の指示のみによって農研又はイーストに振込送金することについて全く疑いを抱かなかったというのは、取引通念に照らし不自然であり、容易に信用することはできない。
また、西尾は右3の(二)の点について、指摘されればその通りであるが、取引が多かったため気が付かなかったと述べている。しかしながら、被告は石油製品の取引業者として取引に加わっているものであり、特に、そのうち(2)及び(4)の点は右取引が円環取引であることを明確に示すものといわざるを得ず、西尾の右供述も容易に信用することができない。
そして、前記1で認定した事実及び右3で認定した事実を総合すれば、被告は、本件各取引が介入取引又は東亜エンターを起点とする円環取引であることを知っていたと認めるのが相当であり、これに反する証人福田及び被告代表者の各供述は、いずれも採用することができない。
5 本件各取引のうち、第四ないし第六取引、第一〇及び第一一取引は、いずれも円環取引でない介入取引であるところ、被告はこれらが介入取引であると認識していたことは前記のとおりである。そして、右各取引について、書類の授受によって商品の引渡しとする旨の合意が成立していたことは、後記二の2判示のとおりである。
そうすると、本件各取引は売買契約として有効に成立しているものと解されるから、被告の自白が真実に反すると認めることができない。
したがって、被告の自白の撤回は認めることができない。
6 また、本件各取引は介入取引又は円環取引であり、被告はこれを知って本件各取引に参加したと認められる以上、そもそも売買契約の成立に向けられた被告の内心的効果意思と表示の間に齟齬はなく、民法九三条ただし書の類推適用をいう前提を欠くというべきである。したがって、本件各取引から被告の原告に対する売買代金債務が発生しないとする被告の主張は失当である。
二 争点3(被告の契約解除の可否)について
1 前述のとおり、円環取引においては、売買契約の法形式が採られるものの、その主たる目的は、売主又は買主に融資又はリスクの引き受けをするという金融目的にあり、商品を現実に引渡す必要性は乏しいから、円環取引であることを知って取引に参加した当事者間においては、最初の売主と最終の買主が一致することによって円環が完成した時点において、商品の引き渡しは全て完了したという処理をすることについて、特段の事情がない限り、少なくとも黙示の合意があるものと解するのが相当である。
そして、本件取引のうち第一ないし第三取引、第七ないし第九取引、第一二取引及び第一三取引は、いずれも、東亜エンターを最初の売主かつ最終の買主とする円環取引であり、かつ、被告は、右各取引が円環取引であることを知って取引に参加したと認められることは前記のとおりであるから、右各取引において東亜エンターが最終の買受人となり、円環取引が完成した以上、被告は、右各取引において、原告が目的物を引き渡していないことを理由として売買契約を解除することは許されない。
2 これに対して、本件取引のうち第四取引ないし第六取引、第一〇取引及び第一一取引は、円環取引ではなく、介入取引であることは前記のとおりである。
しかしながら、介入取引においても、その主たる目的は、介入した業者が売主又は買主に融資又はリスクの引き受けをするという金融目的にあり、商品を現実に引き渡す必要性は乏しいと認められるから、介入取引であることを知って取引に参加した当事者間においては、商品の現実の引渡しを省略し、受領証などの書類の授受のみで取引を行うことについて、特段の事情がない限り、少なくとも黙示の合意があるものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、被告は右各取引が介入取引であることを知って取引に参加したものであるところ、原告・被告間の取引においては、福田が、被告に対し、当該取引月における取引の内容を記載した「ディール明細」をファクシミリで送信することによって、右「ディール明細」に記された商品の受け渡しも終了することになっていたことは前記のとおりであるから、原告・被告間においては、商品の現実の引渡しを省略し、福田が被告に対し「ディール明細」をファクシミリで送信することによって商品の引渡しがあったものとする旨の合意が成立していたと認めるのが相当である。
そして、福田は、平成六年四月分及び同年五月分の各取引について、被告に対し、それぞれ「ディール明細」をファクシミリで送信したことは前記認定のとおりである(前記一の1(四)ないし(一〇))から、本件第四ないし第六取引、第一〇取引及び第一一取引については、いずれも目的物の引渡しは完了したと解するのが相当である。そうすると、被告は、右各取引についても、目的物の引渡しがないことを理由として、売買契約を解除することはできない。
3 したがって、被告の契約解除の主張は理由がない。
三 争点4(福田がした債権放棄の合意の効力)について
1 被告は、原告との間で、平成五年八月三〇日、東亜エンターが被告に対し売買代金を支払わない場合、これに相当する原告の被告に対する代金債権を放棄するとの合意をした旨主張する。
なるほど、証拠(乙三の1、2、証人福田)によれば、原告が被告に宛てた平成五年六月一日付け「覚書」と題する文書(本件覚書)が存在し、右覚書には、被告の東亜エンターに対する売掛代金が支払われなかった場合は、原告は被告に対する売掛代金請求権を放棄する旨の記載が存し、その末尾に松岡の記名・捺印が存することが認められる。
2 しかしながら、他方、証拠(甲一、乙一、二、三の1、2、二〇、二一、証人福田、同松岡、被告代表者)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 平成五年五月ころ、被告の役員会において、東亜エンターに対する売買代金の額が大きくなりすぎていることが問題となった。そこで、西尾は、福田に対し、万一東亜エンターから売買代金の支払がなければ被告は倒産してしまうので、今後原告・被告間の取引を継続するのであれば、東亜エンターからの支払について何らかの形で保証が欲しいという趣旨の申し入れをした。(乙二〇、二一、証人福田、被告代表者)
(二) 福田はこれを了承し、万一東亜エンターから被告に対し売買代金が支払われなかった場合には、原告の被告に対する売買代金債権を放棄するとの内容の文書を作成することとした。
まず、被告において覚書の文案を作成し、福田宛に送付した。福田は、右文案の文言を「この取引分について、当社としても貴社に対する売掛代金請求権を放棄いたします。」と書き換え、「東京貿易株式会杜石油化成品部責任者松岡武雄」との記名・押印をして覚書を作成し、同年八月三〇日、被告宛にファクシミリで送信した。そして、被告が了承したので、同月三一日、同様の文書を郵便で送付した。(乙一、二、三の1、2、二〇、二一、証人福田、被告代表者)
(三) 松岡の右記名判・印章(職印)は、同人の机の引出に保管されていたが、その引出は施錠されていなかったため、松岡に無断で右職印を利用することができる状態であった。(証人松岡)
(四) 福田は、覚書の作成及び松岡の職印で押印するに当たり、松岡の承諾を得ていなかった。(甲一、証人福田、同松岡)
右認定事実によれば、覚書(乙三の1)は、福田の偽造に係る文書であるといわざるを得ず、その成立の真正を認めることはできない。
3 そして、前記一の1で認定した事実、ことに原告の被告に対する売買代金債権は本件各取引分に限っても合計六億三七八九万四六五二円に達するのであって、原告の石油化成品部副部長にすぎない福田が(前記前提となる事実の3)、原告を代理して右債権放棄をする権限を有していたとは考え難いところである。
福田が日常的に被告との間の取引を担当していたこと(前記前提となる事実の3)は、福田が右権限を有していたことを推認させるものではなく、他に福田が右権限を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、福田が原告を代理して債権放棄の合意をしたとしても、その効果は原告に帰属するとはいえない。
四 争点5(民法一〇九条及び一一〇条の重畳適用による表見代理の成否)について
1 原告が福田に対し石油化成品部副部長の肩書を与えていたこと、福田は日常的に被告との間の取引を担当していたことについては、いずれも当事者間に争いがない。
右事実によれば、原告は、被告に対し、原告・被告間の取引について代理権を授与したことを表示したと認めるのが相当である。
2 そこで、被告が、福田が本件債権放棄の合意をするについて代理権があると信じ、かつ、そのように信じたことについて正当の理由があるかについて検討する。証拠(乙三の1、六の3、4、七の5、6、八ないし一一の各3、4、一二の5ないし8、一三ないし一六の各3、4、一七及び一八の各5ないし8、一九の3、4、証人松岡、被告代表者)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件覚書に押印されている松岡の職印は、原告・被告間の取引に当たり原告から被告に対し送付されていた売買契約書に押印された松岡の職印と同一である。(乙三の1、六の3、4、七の5、6、八ないし一一の各3、4、一二の5ないし8、一三ないし一六の各3、4、一七及び一八の各5ないし8、一九の3、4)
(二) 松岡は、石油化成品部部長に就任した後、西尾と一度面会したことがあった。その際、松岡は、西尾に対し、取引については福田に任せている旨述べた。(証人松岡、被告代表者)
3 しかし、他方、証拠(乙三の1、2、証人松岡、被告代表者)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被告は、福田が本件覚書を作成するに当たり、松岡に問い合わせることをしなかった。また、送付された本件覚書の名義人が松岡であり、これを送付してきたのが福田であったにもかかわらず、被告は松岡に問い合わせることをしなかった。(乙三の1、2、被告代表者)
(二) 原告は、被告に対し、平成六年七月二六日付け督促状を送付した。これを受けて、西尾は、同年八月八日に上京し、原告本社を来訪したが、そのときに本件覚書を持参せず、また、覚書の話もしなかった。(証人松岡。なお、被告は、松岡が同年六月二二日に被告本社を訪問した際、西尾は松岡に対し本件覚書の存在及び内容について話した旨主張し、被告代表者はこれに沿う供述をするが、後に述べるとおり、被告代表者の右供述は信用することができず、採用できない。)
(三) 松岡は年に六、七回程度海外に出張していたが、その期間は、一週間から一〇日程度であった。(証人松岡)
4 右2及び3において認定した事実並びに前記一の1において認定した事実を総合すれば、被告は、福田は本件覚書を松岡に無断で作成したことを知っていたのではないかという疑いが存するところではあるが、悪意であったとまでは認めることはできない。しかしながら、福田がなした債権放棄の合意は、従前原告・被告間において行われてきた取引の内容とは異なり、原告の被告に対する売買代金債権の回収を不可能にするという原告にとって重大な効果をもたらす行為であるから、被告としては、福田が真実右債権放棄の合意について原告を代理する権限を有していたかについて調査すべきであり、またその調査は容易であったにもかかわらず、被告はこの調査を怠ったというべきである。そうすると、たとえ福田が本件覚書を松岡に無断で作成したことについて被告が知らなかったとしても、被告には過失があるから、民法一〇九条及び一一〇条の表見代理の要件である正当の事由に欠けると解するのが相当である。
したがって、表見代理の成立をいう被告の主張は、理由がない。
五 争点6(福田は表見支配人に該当するか)について
1 商法四二条の趣旨は、支配人が法律上当然に営業主の代理人たる地位を有することから、営業主が使用人に対し支配人に類似する支店長、支社長などの名称を与えたときは、その者を支配人と同一の権限を有するものとみなすことによって、取引の相手方を保護することにあると解される。
本件において、福田は原告の「石油化成品部副部長」という名称を有するところ(前記前提となる事実の3)、右名称は、石油化成品部部長の職務を事実上補佐する使用人を表すにすぎないと解するのが相当であるから、支店長や支社長のように、営業主に代わって営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をなす権限を有する支配人に類似する名称であると評価することはできない。
2 したがって、石油化成品部副部長という名称を有する福田が「営業ノ主任者タルコトヲ示スベキ名称ヲ附シタル使用人」に該当しないことは明らかであるから、表見支配人の規定の適用をいう被告の主張は、理由がない。
六 争点7(原告の追認の意思表示)について
1 証拠(甲一、八、一〇、乙二〇、二一、二七の14、17、30、三一の1ないし7、証人福田、同田中、同松岡、被告代表者)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 平成六年五月二七日、寿燃料は、原告に対し、原告との間における石油製品の取引高が大幅に与信枠を超えているため、四月ディールについては取引に応じることができない旨連絡してきた。これを受けて、山田が福田を問いただしたところ、福田は、自己が円環取引を行ってきたこと及びこの円環取引によって三億五〇〇〇万円の損失が発生していることを告白した。
山田は、中国に出張中であった松岡に対し連絡したところ、松岡は東京に帰国する予定を福岡に変更し、福岡において山田及び福田と面会した。福田は、松岡らに対し、同年五月末の決済について原告に一億〇五〇〇万円の資金不足が生じることが予想されるので、早急に手を打たないと決済ができないことになって大変な事態となるなどと話した。松岡は、当時原告会社の常務取締役であった田中に対し、以上の内容を報告した。(甲一、八、乙二一、証人福田、同田中、同松岡)
(二) 同月二八日、右の報告を受けて、原告本社において、事実関係の確認及び善後策について話し合うための会合が開かれた。この会合には、寿燃料から松井社長(以下「松井」という。)及び吉田部長、協東商会から村上社長、原告から田中、松岡、山田及び福田が出席した。この会合において、福田は自らが架空の円環取引を行い、原告に七億円の損害を与えたことなどを説明した。
寿燃料及び協東商会は、同年三月分の取引として、別紙一の取引明細図(五)の取引に参加しており、同年五月末に東亜エンターから協東商会、協東商会から寿燃料、寿燃料から原告へ代金を決済する約定であった。福田は、右取引につき、資金不足のため同年五月末に東亜エンターが協東商会に対し一億〇五〇〇万円について決済することができないこと、したがって原告に対しても寿燃料から一億〇五〇〇万円の支払ができないこと、この資金不足に早急に対処しなければ大問題となること、いわゆるイトマン事件における裁判例によれば原告は円環取引に取り込んだ業者に対し対抗することができないことなどを説明した。
田中は、同年五月末の決済日まであと数日間しかなかったことから、原告に報告することなく、独断で、新たに寿燃料及び協東商会を含めて同年五月分の取引を組むことによって、寿燃料の原告に対する売買代金の支払を確保することとした。具体的には、松井らと合意の上、東亜エンターから協東商会に対し売買代金の支払がなく、したがって協東商会が寿燃料に対し売買代金を支払わない場合でも、寿燃料は原告に対し売買代金を支払うが、その代わりに、原告は新たに五月分取引として寿燃料及び協東商会に対して逆の流れの取引を設定し、寿燃料に対しては現実の支払をし、協東商会に対しては相殺することによって、寿燃料に右売買代金を返還することとした。この取引が本件第七取引及び第九取引である。また、田中は、寿燃料及び協東商会に対し、四月分の取引について、原告が全ての責任を持つと言った。田中らは、この趣旨を明確にするため、寿燃料及び協東商会に宛てた確認書を各一通作成し、署名・押印した。(甲一、八、一〇、乙二一、二七の14、17、30、証人福田、同田中、同松岡)
(三) 田中は、右の内容を原告に報告し、これを受けて、原告経理部長嘉山兼孝(以下「嘉山」という。)は、福田から事情を聴取した。(甲八、一〇、証人田中)
(四) 被告に対し、原告から、同月六日、八日及び一三日の三回にわたって、五月分のディール明細がファクシミリで送信された。(乙三一の1ないし7)
(五) 松岡、山田及び福田は、同月二二日、福岡の被告本社を訪問し、西尾と面談した。松岡は、西尾に対し、同年六月末に原告から被告に対し支払う予定であった大倉商事及びトーメン振出の手形について支払を停止する予定であることを話すとともに、同年六月末の時点で原告に約八億円の資金不足が生じるので、約一億円を融資して欲しいと依頼した。これに対し、西尾は、手形による支払を依頼するとともに、被告には資金的余裕がないことから、融資の依頼を断った。
なお、この面談においては、原告の被告に対する本件各取引に係る売買代金債権の支払の話は出なかった。(甲一、証人松岡、被告代表者)
(六) 原告は、被告に対し、同年七月二六日付け督促状を送付した。これを受けて、同年八月八日、西尾は上京し、原告本社において松岡に対し抗議するとともに、原告が督促状を送付した理由の説明を求めた。松岡は、督促状の送付の事実を知らなかったので、すでに原告の管理部が問題の解決に当たっている旨回答した。
なお、西尾は、このとき、本件覚書を持参しなかった。(甲一、乙二〇、証人松岡、被告代表者)
(七) 同年九月一四日、松岡は、被告本社を来訪し、西尾と面談した。松岡は、西尾に対し、たとえ若干でも良いから原告の債権回収に協力して欲しい旨申し向けた。これに対し、西尾は、取引の中で一定の協力をするのはやぶさかではないが、ただ単にある一定額を返済することなどは論外であり、被告としては返済の義務はないと判断していると返答した。そして、西尾は、松岡に対し、全ての責任は原告にあるという趣旨の文書を所持していると言った。
松岡は、西尾に対し、そのような文書が存在するのであれば提出して欲しいと話したところ、西尾は、現在その文書は弁護士事務所にあるので後日ファクシミリで送信すると答えた。そして、被告は、後日、原告に対し、本件覚書をファクシミリで送信した。(甲一、乙二〇、証人松岡、被告代表者) 2 右認定事実によれば、原告が本件覚書の存在及び内容を知ったのは、平成六年九月一四日に松岡が被告を訪問した後のことであると認められる。被告代表者は、同年六月二二日に松岡が被告本社を訪問した際、松岡に対し本件覚書の存在及び内容について話した旨供述し、乙第三四号証の1(西尾作成のメモ)にはこれに沿う記載部分が存する。しかしながら、本件覚書は、原告と被告との間の権利義務に重大な影響を及ぼす可能性のある文書であるから、西尾がこのような話をしたとすれば、原告は西尾に対し直ちに右文書の提出を要請するものと考えられるところ、原告が右文書の提出を要請したのは同年九月一四日であり、同年六月二二日にかかる要請がなかったことは前記認定のとおりである。そうすると、右被告代表者の供述及び乙第三四号証の一の記載は、いずれも信用することができない。
また、右認定事実によれば、田中らが前記確認書(乙二七の14、17)を作成したのは、仮に東亜エンターから協東商会に対し売買代金の支払がなければ、協東商会が寿燃料に対し売買代金を支払うことができず、したがって寿燃料も原告に対し売買代金を支払うことができなくなるが、それでは数日後に迫った同年五月末の決済日において原告に一億〇五〇〇万円の資金不足が生じるので、これを防止するための緊急避難的なものと認められ、福田が本件各取引が発覚する以前に被告に対して作成・送付した本件覚書とは、おのずからその趣旨を異にするというべきである。
さらに、右認定事実によれば、原告が被告に対し五月分取引についてディール明細をファクシミリで送信したのは、平成六年六月六日、八日及び一三日であるから、原告において本件覚書の存在及び内容を了知するに至る前であることは明らかである。そうすると、原告が、本件覚書の存在及び内容を知りつつ、それを前提として、被告に対し五月分の取引を依頼したとは到底評価することができない。
3 そうすると、福田が原告に無断でなした債権放棄の合意について、原告の追認があったとはいえない。
七 争点8(支払拒絶の合意の成否)について
1 前記三の1及び2認定の事実並びに証拠(乙二〇、二一、証人福田、被告代表者)によれば、福田は、被告代表者に対して、遅くとも本件覚書が送付された平成五年八月三〇日までの間に、口頭で、東亜エンターが被告に対し代金を支払わないときは、被告もまた原告に代金を支払わなくともよいと言っていたことが認められる。
しかしながら、福田の被告に対する言明は、前記三ないし五において福田がした債権放棄の合意が有効に原告に帰属しないことと同様の理由により、有効に原告に帰属しないことは明らかである。
2 したがって、原告との間で支払拒絶の合意が成立したとする被告の主張は採用できない。
八 争点9(被告の詐欺取消しの可否)について
1 前記三の1及び2認定の事実によれば、福田は、被告代表者に対して、遅くとも本件覚書が送付された平成五年八月三〇日までの間に、口頭で、東亜エンターから被告に売買代金の支払がなされない場合には、これに相当する原告の被告に対する売買代金債権を放棄すると言ったこと、福田は被告に対して平成五年八月三〇日右内容の覚書(本件覚書)を作成して被告に交付したことが認められる。
しかしながら、福田の右各行為は、いずれも権限のない福田によって行われたものであって、原告の行為とみることができないことは、前記三ないし五判示のとおりであるから、これをもって原告の被告に対する欺罔行為と評価することはできない。
2 また、平成六年六月二二日、福田、松岡及び田中が被告に対して、本件第七ないし第一三取引につき、「東亜エンターから被告に対し、売買代金が間違いなく決済されるので是非とも取引して欲しい」と告げたとの点については、これを認めるに足りる証拠はない。
3 以上によれば、本件各取引の意思表示を詐欺により取り消すとの被告の主張は採用できない。
九 争点11(原告の本訴請求と権利濫用)について
1 まず、本件各取引のうち、四月分の取引に係る売買代金請求について検討する。
前記認定のとおり、福田は、被告に対し、平成六年五月一〇日、同月一一日及びそのころに「4月分ディール明細」をファクシミリで送信しているところ、原告・被告間の売買契約は、遅くともこの時点で成立したと解するのが相当である。そして、前記認定の事実によれば、原告は、同月二八日になって初めて、本件各取引が福田がなした円環取引であること及び同月三一日には東亜エンターが一億〇五〇〇万円の支払が不可能な状況であることを知ったのであるから、原告が、被告に対し、既に成立していた四月分の取引について売買代金を請求することは、何ら権利濫用に該当するものではないというべきである。
2 次に、五月分の取引に係る売買代金請求について検討する。
(一) 福田は、田中らに対し、平成六年五月二八日、資金不足のため同年五月末に東亜エンターが協東商会に対し売買代金のうち一億〇五〇〇万円を決済することができず、したがって、原告に対しても寿燃料から一億〇五〇〇万円の支払がないことなどを説明したこと、そして、田中は、新たに寿燃料及び協東商会を含めて同年五月分の取引を組むことによって、寿燃料の原告に対する売買代金の支払を確保することとしたこと、この取引が本件第七取引及び第九取引であることは、前記認定のとおりである。
右事実によれば、原告は、寿燃料及び協東商会に対して新たな取引を組むことを約した平成六年五月二八日の時点において、東亜エンターが同月末の資金繰り及び支払ができないことを認識していたことが認められる。
(二) 原告は、五月分の取引について、被告に対して、平成六年六月六日、同月八日及び同月一三日の三回にわたって、五月分のディール明細をファクシミリで送信したことは前記認定のとおりであるところ、証拠(甲一〇、乙二一、二四、証人福田)によれば、右各取引は、同年五月二八日以降、原告の経理部長であった嘉山が福田作成のディール明細の案を考慮して取引経路を決定したものであることが認められる(なお、甲第一〇号証において、嘉山は、福田に対する事情聴取を同年六月一四日から四日間行い、同月一六日に五月分の取引明細を作成したと供述するが、右被告に対するディール明細の送信日に照らし、措信しない。)。
(三) 五月分の取引が別紙一の取引明細図(三)のとおりであることは、前記認定のとおりである。
これを子細にみると、まず、第七取引ないし第九取引、第一二取引及び第一三取引は円環取引であるが、いずれも、被告を基準にとると、原告を売主とし、東亜エンターを買主とする形で円環が形成されていること、また、第一二取引及び第一三取引は、これに加えて、被告が円環に二回登場し、いずれもまず東亜エンターから始まり東亜エンターに至る取引において、被告が東亜エンターに対する最後の売主となっていることが認められる。そして、第七取引及び第九取引は、前記認定のとおり原告が寿燃料及び協東商会に対して約した取引であるところ、実際に、寿燃料は原告から現金で現実に資金を回収し、協東商会は相殺により債権債務を消滅させることができるように取引が形成されていることが認められる。
また、第一〇取引及び第一一取引は、円環でない介入取引であるが、これらの取引も、被告を基準にとると、原告を売主とし、東亜エンターを買主とする形で取引が形成されていることが認められる。
(四) 右認定の事実によれば、原告は、被告に対し、平成六年六月六日、八日及び一三日、五月分の取引につき取引ディールをファクシミリで送信するに当たり、本件各取引がいずれも東亜エンターに資金の猶予を得させるため福田が形成した介入取引又は円環取引であること、及び、東亜エンターが同年五月三一日の段階ですでに一億円を超える資金不足であり、今後の支払ができないことを認識していたにもかかわらず、これを被告に一切通知することなく五月分の取引を形成し、これをファクシミリで送信することにより売買契約を締結したものであり、これによって、被告は、東亜エンターから売買代金の支払を受けることができないにもかかわらず、原告の被告に対する売買代金債権の請求を甘受しなければならない立場に置かれることになったことが認められる。
もっとも、被告は、原告が同年五月末の決済日に三月分の取引についての売買代金を決済することによって、同月分の取引についての売買代金等の決済を受け得たものと考えられ、原告が五月分の本件取引を形成することにより、被告が利益を得ているといえないこともない。しかし、原告の右行為は、主として、同年五月末に生じる自己の資金不足を回避し、ひいては商社としての自己の信用を維持するために行われたものと認めるのが相当である。
(五) 以上によれば、原告が、被告に対し、五月分の取引について売買代金の支払を請求することは、権利の濫用に該当するというべきである。
一〇 争点10 (不法行為に基づく損害賠償請求権を自働債権とする被告の相殺の可否)について
1 前記三ないし五認定の事実によれば、福田は、被告代表者に対し、遅くとも本件覚書が送付された平成五年八月三〇日までの間に、口頭で、東亜エンターから被告に対し売買代金の支払がなされない場合にはこれに相当する原告の被告に対する売買代金債権を放棄すると言ったこと、福田は、被告に対し、平成五年八月三〇日、右内容の覚書(本件覚書)を作成して被告に交付したこと、被告はそのため原告との間の取引を継続し、ひいては本件各取引を行ったこと、しかし、本件覚書の作成・交付はいずれも福田が権限なくして行ったものであること、被告の東亜エンターに対する売買代金債権の回収は不可能である反面、原告に対する売買代金の支払をせざるを得ないことが認められる。これによれば、福田は、被告に対し本件覚書を作成・交付することによって被告との間で取引を継続し、その結果被告に損害(前記のとおり、原告が被告に対し五月分の取引について売買代金を請求することは権利の濫用に該当するから、被告の損害は、四月分の取引の売買代金額に限られると解するのが相当である。)を生じさせたものであるから、不法行為が成立するというべきである。
他方、平成六年六月二二日、福田、松岡及び田中が被告に対して、本件第七ないし第一三取引につき、「東亜エンターから被告に対し、売買代金が間違いなく決済されるので是非とも取引して欲しい。」と告げた事実が認められないことは前記八のとおりである。
2 そして、福田が被告との間の取引を担当していたことは当事者間に争いがなく(前記前提となる事実3)、かつ、福田が、本件取引の当時、原告の石油化成品部副部長として原告に勤務していたことは前記認定のとおりである。したがって、福田の右行為は、外形上、福田の職務の範囲内の行為に属すると認められるから、福田が事業の執行につき行ったものであると解するのが相当である。
3 そこで、本件覚書の作成・交付が福田の権限の範囲外であったことについて、原告に悪意又は重過失が認められるかについて検討する。
(一) まず、被告は、福田が本件覚書を松岡に無断で作成したことについて悪意であったとまでは認められないことは、前記四の4で認定したとおりである。
(二) そして、福田が本件覚書を松岡に無断で作成したことについて被告が知らなかったことにつき被告には過失があることも、前記四の4で認定したとおりである。
しかしながら、前記前提となる事実及び前記認定事実によれば、福田は原告の石油化成品部副部長の肩書を有し、原告会社にあって被告との間の取引を担当していたのは一貫して福田であったこと、被告は、原告との間で取引を始める際、福田から、被告が東亜エンターから購入し、原告に売却する反対方向の取引を設定すると言われて取引を開始したものであるところ、平成五年五月ころ、被告の役員会において、被告が原告から購入し東亜エンターへ売却する分の売買代金の額が大きくなりすぎていることが問題となったため、西尾は、福田に対し、万一東亜エンターから売買代金の支払がなければ被告は倒産してしまうので、今後原告・被告間の取引を継続するのであれば、東亜エンターからの支払について何らかの形で保証が欲しいという趣旨の申し入れをし、福田がこの申入れに応じて作成・交付したのが本件覚書であり、本件覚書は前記反対方向の取引の設定のいわば代替策であったことが認められ、これらの事実によれば、被告において、福田がその職務権限を逸脱して本件覚書を作成・交付したことを知らないことにつき故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地から、被告に全く保護を与えないことが相当と認められる状態にあったとまでいうことはできない。
したがって、被告に重過失があったとする原告の主張は、理由がない。
4 過失相殺
そうすると、被告は、原告に対し、使用者責任に基づき損害賠償を請求しうることになるが、前記のとおり、福田が本件覚書を松岡に無断で作成することについて被告には過失が認められ、これが被告の損害の発生に寄与したものというべきである。そして、前記前提となる事実及び前記認定事実によれば、被告は石油燃料などの販売などを目的とする会社であり、石油取引業者として本件各取引に参加したこと、被告は本件各取引が介入取引又は円環取引であることを知っていたことなどの事実が認められ、これらの事情を総合すれば、被告の過失割合は五割と認めるのが相当である。
5 被告の相殺
原告は、被告に対し、四月分の取引として、合計二億七五二五万三四七〇円の売買代金債権を有しているところ、これが福田の不法行為によって被告に生じた損害と認められることは前記1において説示したとおりであるから、被告は、原告に対し、右売買代金債権額から五割を控除した額である一億三七六二万六七三五円の損害賠償債権を有していることになる。したがって、原告は、被告に対し、右売買代金債権と右損害賠償債権を対当額で相殺した額である一億三七六二万六七三五円についてのみ、売買代金の支払を請求しうるというべきである。
二 差引計算について
原告は、本訴において、被告に対し、本件各取引に基づいて合計六億三七八九万四六五二円の売買代金債権を有しているところ、被告に対し一億一七八九万三六四六円の債務があると主張し、これを差し引いた残額である五億二〇〇〇万一〇〇六円を請求している(なお、訴状の請求原因七項には、対当額において相殺する旨の記載が存するが、原告は自己の債務についてその同一性を識別するに足りる主張をしていないから、相殺の主張とは解し難い。)。
しかし、原告の主張によれば、右一億一七八九万三六四六円の債務の内訳は別紙二の別表(一)及び(二)各記載のとおりであるところ(原告の平成八年八月二八日付け準備書面参照)、これらはいずれも原告・被告間の平成六年五月分取引に係るものであり、前述したとおり右取引に係る原告の被告に対する売買代金請求が権利の濫用として許されない以上、右債務はいずれも差し引くべきではない。
第四結論
よって、原告の本訴請求は一億三七六二万六七三五円及びこれに対する平成六年七月一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、仮執行宣言の申立ては相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 丸山昌一 裁判官 草野真人 裁判官 進藤壮一郎)
別紙一・二<省略>